意思の自由
ということが問題になる。意思自由を前提にすると、そこに倫理の問題が在る
ということになる。そして犯罪を道徳的責任の問題として考えるとき、それは罪を犯す者の自由意思の発現である
ということになる。犯罪による責任が道徳的なものとなる
結果、刑罰としての害悪が応報として
正当化される。
これに対するものとして、科学としての犯罪学が現出した
。ここでは犯罪人の意思に対する考え方が
、自由意思論ではなく、客観的な実証的な観察の結果としての意思必至論
となる。意思必至論を前提とする刑事責任は、道義的責任ではなく、社会的責任としての合理的な人道的なものに向かって
進みつつある。
自由意思に因る犯罪に対し応報刑としての害悪刑を科すること
が普遍妥当なものであり、厳粛命令であるということを前提に観念論を主張する論者もいる。これに対し、われわれは、犯罪の原因をたずねて、犯罪人のそれぞれに対し、科学的に適切な有効な方法を考えることに因り
、犯罪人を社会復帰させることに刑事政策の目標があるとし、そこに、科学主義を主張することになっているのである
。これが、刑法における新しい進化の動きである
。
牧野英一「刑事責任の性質について」、同『刑法と社会的責任』(1965年、有斐閣)102−106頁。