2023年7月31日月曜日

【刑法学】佐伯千仭「違法類型としてのTatbestandの構成」

  タートベスタントは罰すべき程度の違法性を備えた態度の型(可罰的違法類型)である。

 タートベスタントは違法類型であり、違法判断をする場合必ず何らかの価値判断の尺度に照らして行われる。そして具体的違法判断は、殺人や、詐欺といった各行為の一つとして違法なのであり、違法は類型性を持つ。

 違法類型と違法性自体との関係如何。M.E.マイヤーは、タートベスタント該当なことと違法性の存在との関係は『あたかも煙と火の関係にあり、タートべスタントに該当することは違法性の認識根拠であるとした。一方メツガーは、タートべスタントを火それ自体単なる認識根拠ではなくて、違法性の実在根拠であるとした。

 タートベスタントは裁判官にとって違法認識の第一段階であるが、このタートべスタントと違法阻却事由は原則型と例外型の関係にある行為が違法なために通常備えるべき要素(原則)とそれらがあっても違法だといえなくするところの特殊事情(例外)は類型化されている。複雑な人生はこのような原則・例外の関係なしにはやって行けないのである

 タートべスタントが違法類型であるとすると、違法要素は何か。また違法要素と責任要素の区別の標準は何か。これについてへーグラーは、違法判断を行為を行為者の人格・主観から切離したザッハリッヒなものとし、責任の判断はペルゾェーンリッヒなもの、行為を行為者の人格と結びつけ把握するものとした。違法が客観的であり、責任が主観的であるというのもこれよりほかのことではない。但し例外として、内心的要素が違法性外部的要素が責任に属して各々その構成要素となることがありうる。主観的違法要素の問題がこれである

 佐伯千仭タートベスタント序論、同『刑法における違法性の理論』(1974年、有斐閣)123−130頁。

2023年7月8日土曜日

【刑法学】佐伯千仭「主観的違法と客観的違法」

  主観的違法論と客観的違法論については、メツガーの理論を見なければならない。

 前者は、法を『ただただ人の行為に対する命令規範と考える。ここで主観的違法論に対しては、法は『命令規範』であるだけなのか?という第一の問題が生じる。この点については、命令規範としての法は評価規範としての法を必要とする、この評価規範としての法は命令規範としての法の無条件的な論理的前提となる、と解される。

 次に、評価規範、命令規範いずれの上に不法論を立てることが実際上より合目的的であるかという第二の問題が生じる。前者の上に立てれば客観説、後者の上に立てれば主観説となるが、実際的合目的性により、どちらを選択するかが判断される。この点、法の課題は人々の外的な共同生活を確保するとことにあるとすれば、客観説が正しいことになる。法は客観的生活秩序であり、違法は、したがって、この客観秩序の侵害である

 客観的違法論に対する反論として、雷や雷電もまた人間と同様に違法に行動しうることになるというものがある。この反論が前提とする違法の主体の考えについては、違法概念は、違法に行為する主体なしには考えられないというのは誤謬である(受命者なき規範概念)という批判を向け得る。

 ここで違法と責任が理論上截然と区別されるに至った。では責任はどう解されるべきか。今まで主観的違法論が、不法の本質的要素であるとした主観的要素違法の中から脱落せしめられて責任概念の中心とされることになった(E・シュミットらの規範的責任論に注意)のである。

 佐伯千仭主観的違法と客観的違法、同『刑法における違法性の理論』(1974年、有斐閣)80−94頁。

【文学】ソロー『森の生活下』

   生活保護を受けるのは「沽券にかかわること」と思っている人がいる。一方、「不正な手段で暮らすことは別に沽券にかかわらない」かのような暮らしをする人もいる。後者のほうが、「よほど 不名誉 なはず」である。  貧しさと関連して、われわれは、新しいもののために「あまりあくせくするべ...