2023年10月26日木曜日

【行政学】辻清明「行政学の成立」

 第一章 行政学の成立

第一節 行政学の対象

 「行政学は行政を対象とする社会科学」であり、主たる考察の対象は「公行政」である。

 *「現代行政学の課題」。「行政学の発生を促進した諸要因によって決定される」:①「行政国家の台頭」②「科学的管理法の影響」③「法治行政原理の再検討」。

第二節 行政国家の台頭

 行政国家:「現代国家の装置のなかで、行政の諸活動が、立法・司法の活動との相関関係において、とくに強化・拡大されてきた現象」。→「『政策の侍女』」から、「権力の正当性を獲得する地位を占めはじめる」。行政過程に合理性なくば、「国家の価値そのものを維持できない状況の出現」。 

第三節 科学的管理法の影響

 科学的管理法(Towne, Taylor):「労働工程の極端な分化とこれに対する計画的配置」についての技術が「企業の管理組織に推及」される⇒「国家機能の分野に適用」⇒19世紀末以降アメリカにおける行政学の発達。Wilson, Goodnow。

 *「行政学と経営学が若干の関連を有しているのは、この事情に胚胎している」。

 「行政と経営の間に存する主たる差違」:①「目的の多元性と一元性」②「権力手段の有無」③「行動における法的規制の大小」④「対象に対する平等原則の範囲の大小」⑤「競争による刺激の有無」。

第四節 法治行政原理の再検討

 「行政学の発展」は「法律学との関連においてなされてきた」。

 *官房学(前)「統治行為としての警察(Polizei)の恣意性」⇐公法学、行政法学(後)「法治行政」原理。

 しかしながら、法治行政原理が「大幅な公定解釈の優位や公務員免責の原理と慣行」を生み出す。結果法治行政の「本来の意図に反して、行政権の優越化を保障」することにもなった。

 *行政法学と行政学の関係は、「憲法学と政治学、商法学と経営学、私法学と法社会学の関係に比較できる」。

 *近代民主制の洗礼を受けない行政+民主政以前の性格を脱せない行政:日本の行政における注意点。

 辻清明『行政学概論』上巻(1966年、東京大学出版会)1-20頁。

2023年10月12日木曜日

【法哲学】ラートブルフ「法における人間」

  「法の念頭におかれ」、「法が命令をむけているところの人間像」はどういうものか。時代時代におけるこの人間像は、時代時代における法スタイルにとって「決定的」なものである。

 中世ドイツ法は、「習俗とか宗教を通じて、義務および共同体に結びつけられた人間を前提とする」。このような人間が、「義務によって支えられた権利」を行使した。

 そして後のルネッサンス等によって、個人は「共同体から解放」された。ここでは、「義務」ではなく「利益によって導かれた個人」を法の出発点とした。「新しい人間類型は、利潤追求と打算に終止される商人像を模してつくりあげられた」。この時代、「いっさいの社会的ならびに経済的束縛」は無視され、契約においては、「いつも対等な人間が相対峙」した。「利己的、知性的、活動的で自由」な人間は、「たがいに平等」とされた。「法律上の可能性は事実上の可能性と同視され」、「法上の契約自由は、あたかも現実の契約自由」とみなされた。

 「ごく最近にいたるまで、われわれの全法律思想を支配していたものは、このような人間観であった」。民事訴訟における「弁論主義」は、「二人の敵対者が対等な立場において対峙する」ことを意味し、刑法における「心理強制説」(フォイエルバッハ)は、「犯罪がもたらす快・不快の結果の計算」をする人間を前提としていた。また公法においては、例えば選挙は、個人の「利益表明の総計」として現れた。

 とは言え、「この間においても」「狡猾にして自由かつ利己的な人間」像の「虚構」性が白日なものとなっていた。後に、「法における新しい人間観が興ってきて」「新しい法時代がはじまっている」。この段階での新しい人間像は、抽象的なものではなく「生活に密接した類型」であり、「孤立した個人」ではなく「集合人」を想定していた。公法では、「集合人の概念」から民主主義が考え直される。つまり、民主主義において「社会的な集団とか、階級」等「きわめて複雑な社会学的な全体」が考慮されるようになった。

 さて、「法における人間を集合人として考えるということは」、「権利の倫理化」が行われ、「倫理的な義務内容を権利に盛る」こと(例。「所有権は義務を伴う」)が行われていることを意味する。「イェーリングが、権利のための闘争を倫理的な義務にまで高めている点」に注意しておきたい。

 ここまでで、すべての法は、最初は「団体的な人間に対する団体的意識の法」であり、ついで「個人法」と考えられ、最後に「組織された共同体の法」と考えられてきたことがわかる。

 ラートブルフ(桑田、常盤訳)「法における人間」、同『法における人間』(1962年、東大出版会)3−17頁。

【文学】ソロー『森の生活下』

   生活保護を受けるのは「沽券にかかわること」と思っている人がいる。一方、「不正な手段で暮らすことは別に沽券にかかわらない」かのような暮らしをする人もいる。後者のほうが、「よほど 不名誉 なはず」である。  貧しさと関連して、われわれは、新しいもののために「あまりあくせくするべ...