2023年8月26日土曜日

【憲法学】穂積八束「皇位」

  「立国の大本」

 「子孫ハ共同の始祖ヲ崇拝シ其ノ保護ノ権力」に服従することで、家の平和を作る。この家における「天賦ノ始祖ハ父祖」である。そして国の始祖は、民族の始祖であって、我が国においては、「皇室」が民族の始祖の「正当ノ連綿タル者ナリ」。「一家ハ一国ヲ成シ、一国ハ一家ヲ成ス」。家も国も「父祖ヲ崇拝シ、其ノ威霊ノ」下で生を全うすることになる。家における家長の位は、祖先の霊がいるところであり、「現世ノ家父代リテ其ノ位」にいる。一方国における「皇位ハ即チ天祖ノ威霊」の在るところであって、「現世ノ天皇ハ天祖二代リ天位」にあって、民族を統治することになる。 「国ハ家ノ大ナル者、家ハ国ノ小ナル者」、これが我が国建国の大本であり、「国体ノ淵源」はここにある。

 「統治の大権」

 国体は歴史の成果であり、「民族ノ確信二存立」するものである。そしてわが国の国体は、歴史と民族の確信に照らすと、「我ガ万世一系ノ皇室ヲ以テ統治主権ノ本体」とするものである。そして、天皇が国を統治するという場合、それは「君主ノ天職ハ国土民族ヲ保護」することを明らかにし、保護のための「権力ハ天皇ノ身位二在ルノ義」を明白にするものである。

 長尾龍一編『穂積八束集』(2001年、信山社)65−71頁。 

2023年8月11日金曜日

【憲法学】穂積八束「国家」

  「国家の人格」

 ① 「通説ハ国家ヲ法人」として理解する。私はこれに対し、国家を「単二人格ヲ有スル」ものとして理解する。この法人という言葉は「通俗ノ用例極メテ乱雑」なものであるが、学者はこの乱雑さ等に乗じて、「国家ハ法人ナリト謂フノ外形無難」な定義を掲げ、そこにひそかに「国家ハ民主協和ノ社団」ということを暗示させようとしているが、「猾悪」であろう。国家が人格を有することは、「国体ノ君主制タリ共和制タル二関セサルナリ」。進歩した「国家ノ特質ハ法人タルニ在ル」と主張して、旧来の君主国に対して「一種異ナルノ法人国ナル者存立」するかのような誤解を生じさせるのはでたらめである。

 ② 国家を「公法人」と理解するものが多い。もし人格に「公私ノ二種アリ、国家ハ公法人ノ人格ヲ有スル」と主張するのであれば、それは誤りである。「国家モ個人モ、共二公法ノ上ニモ、私法ノ上ニモ、同時二人格者」であるからだ。「国家ト国庫トヲ法律関係ノ上二分割シ」、前者を公法人、後者を私法人とする解釈があるが、「個人ノ身体ト」財産とを分離して、人格二様ヲ謂フモノ二似テ」いるため、私は支持できない。

 ③ 私は「国家二自主ノ生存アリ」とするが、これを「否認」し、国家を「人ト人トノ会社契約ニシテ」、独立自主の権力ではないとする人もいる(「民約説」)。しかし「歴史ノ事実之ヲ証明」するものはないし、我々の「日常ノ直感二反」シ、この説の根底については、我々と「立脚ノ基礎ヲ異ニスルモノ」である。

 長尾龍一編『穂積八束集』(2001年、信山社)61−62頁。

【文学】ソロー『森の生活下』

   生活保護を受けるのは「沽券にかかわること」と思っている人がいる。一方、「不正な手段で暮らすことは別に沽券にかかわらない」かのような暮らしをする人もいる。後者のほうが、「よほど 不名誉 なはず」である。  貧しさと関連して、われわれは、新しいもののために「あまりあくせくするべ...