専主政と民主政の対立、特に、どちらを選択するかという対立は、期待された社会秩序の内容からは生じない。人は、この社会秩序を絶対的に正しい
と信じるか、相対的にのみ正しい
と信じるかのみ決定できる。そして、前者の価値観(形而上学的、絶対主義的世界観)には専主的態度
、後者の価値観(批判的世界観)には民主的態度
が適合する。
後者の態度、つまり絶対的真理
を認識できないと考える人は、反対の意見も少なくとも可能である
としなければならない。相対主義は民主的思想の前提
なのであり、民主政は個々の政治的意志を平等に評価する
。故に民主政は、自己の政治的態度を発表し賛同を得るための自由競争
への等しい可能性を与える
。少数も絶対に不法ではなく、絶対に無法ではないので、いつでも自ら多数になりうる
。
専主政と民主政の対立
は、この両者が形成する社会秩序を支配する指導者の選択
についても問題となる。
指導者選択の問題について民主政では、指導一般を公の競争
の対象として、指導闘争
を広大にする方法をとる。一方専主政では、指導者への進路に対して僅かな保障
しか与えられていない。
また民主政では、能力のない指導者が排除される保障
をも作るが、反対に専主政では、排除が世襲制の原理の
故、逆に作用する。そしてこれと関係して、民主政では批判の自由の原則
のために、行政における問題が容易かつ迅速に暴露
されるが、専主政では、支配の権威を守る保守性の故、伝統的な隠蔽性を発達させる
。だから近視眼的観察者
は、専主政より民主政に多くの腐敗
を見るのである。
ハンス・ケルゼン(清宮四郎訳)『一般国家学』(1971年、岩波書店)618ー620、615ー617頁。