2024年1月5日金曜日

【国家学】ハンス・ケルゼン「国家形態と世界観」

 専主政と民主政の対立、特に、どちらを選択するかという対立は、期待された社会秩序の内容からは生じない。人は、この社会秩序を絶対的に正しいと信じるか、相対的にのみ正しいと信じるかのみ決定できる。そして、前者の価値観(形而上学的、絶対主義的世界観)には専主的態度、後者の価値観(批判的世界観)には民主的態度が適合する。

 後者の態度、つまり絶対的真理を認識できないと考える人は、反対の意見も少なくとも可能であるとしなければならない。相対主義は民主的思想の前提なのであり、民主政は個々の政治的意志を平等に評価する。故に民主政は、自己の政治的態度を発表し賛同を得るための自由競争への等しい可能性を与える少数も絶対に不法ではなく、絶対に無法ではないので、いつでも自ら多数になりうる

  専主政と民主政の対立は、この両者が形成する社会秩序を支配する指導者の選択についても問題となる。

 指導者選択の問題について民主政では、指導一般を公の競争の対象として、指導闘争を広大にする方法をとる。一方専主政では、指導者への進路に対して僅かな保障しか与えられていない。

 また民主政では、能力のない指導者が排除される保障をも作るが、反対に専主政では、排除が世襲制の原理の故、逆に作用する。そしてこれと関係して、民主政では批判の自由の原則のために、行政における問題が容易かつ迅速に暴露されるが、専主政では、支配の権威を守る保守性の故、伝統的な隠蔽性を発達させる。だから近視眼的観察者は、専主政より民主政に多くの腐敗を見るのである。

 ハンス・ケルゼン(清宮四郎訳)『一般国家学』(1971年、岩波書店)618ー620、615ー617頁。

【文学】ソロー『森の生活下』

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