「授権法」(1933年)は、憲法改正の法律
であり、ライヒ憲法七十六条に定むる憲法改正の手続
により制定された法律である。これは単なる憲法改正法ではなく、憲法を停止しようとする
憲法停止法
である。
故にドイツ人は、この法律の成立を『国民革命』
の名をもって呼ぶのである。
ではこの革命(授権法)はどのような意味を有するか。それは政府に完全な立法権を与えている
。これまでのように、政府が法律に代わる命令を制定する
のではなく、端的に政府が法律を制定する
と考えられている。なお政府は憲法にも変更を加え得る、すなわち政府の立法権はつまり憲法改正権をも含む
こととされた。
なおこのような授権
は従来の法律理論の全く認めないところに属する
。この授権
は、憲法の自殺的・自己否定的改正であり
、したがってそれは革命外ならない。
さて、法律的に一つの革命
である国民革命
における改革は、すべて『国民的』なものでなくてはならぬ
。では、国民革命はドイツ法律についてどのような国民的改革をもたらしたか。これについては、1933年4月7日の新官吏法
と弁護士法
の内容に注意したい。この両者とも、非アリヤン人種
(主としてユダヤ人)を、官吏界、弁護士界から排斥することをもってその主たる目的としている
。
ユダヤ人であるかいなか
。宗教や国籍ではなくひとえに人種によって決定せられる
。
ナチスの理論家たちはこのユダヤ人排斥を色々に弁明している
が、要は悪いこと(彼らにとって都合の悪いこと
)すべてがみんなユダヤ人のせいだ
という(ユダヤ人の世界的陰謀ということ
の、多くは荒唐無稽である
。
そしてこの種の流言は西洋ばかりの出来事でなく、わが国の大震災当時のことを思い出せばおのずから明らかとなるであろう
)。
そしてナチスの理論家は、ユダヤ人についてこれをひとつの人種問題
として取り扱う。非国民的なユダヤ人を排斥するといわずに、ただユダヤ人を排斥するという
。ここにナチスの反ユダヤ人運動の特異性がある
。更に、法学の世界におけるナチスによるユダヤ人排斥にいたっては、まことに乱暴きわまるものがある
。ケルゼン、ジンツハイマー、カントロヴィッツ、ラートブルフ等(わが学会で高く而して正当に評価されている学者もいる
)が、一挙に休職せしめられてしまった(注意しておくが、この休職はむろん文官分限委員会への諮問なんぞという鄭重な(!)手続を経てなされたのではない)
。それは、彼らがユダヤ人であり、又はユダヤ的であると考えられたからである
。
このようなヒステリカルな反ユダヤ人運動
に対して、ドイツでも抗議の声は見られるが、それは実際的には全く窒息せしめられているらしい
。反対意見をもつ者もひたすら静観主義をとっている
、それを余儀なくされている
。ここに此度の国民革命の『国民的』になる所以が存するのであろう
。
宮沢俊義「ドイツの国民革命とユダヤ人排斥立法」、同『憲法論集』(1978年、有斐閣)97−106頁。