2023年6月11日日曜日

【憲法学】穂積八束「国体ノ異説ト人心ノ傾向」

 ① 皇位ハ統治権ノ主体ナリヤ否ヤという問題に付き否定的な立場については、唯唖然驚クノ外ハナイ。また、このような説が登場するのは、これを受け入れる歓迎者ノ罪である。

 ② 異説そのものよりも、異説により偶然試験セラレタル人心ノ傾向ガ最モ憂ウベキ点である。元々我が国においては、子が父を敬うがごとく自然ノ情勢トシテ、国民ハ皇位ヲ崇敬してきたのであって、健康な人が健康を考えないのと同じく、我が国では国体ガ強固だから、国体論ハナカツタのである。ところが今や西洋ノ国体二心酔シ、天皇は統治権の主体ではないと直接二、露骨二、忌憚ナク公言スル者が登場した。

 ③ この状況ついての罪ハ時勢二在ル。これからの救済方法としては時勢其ノ者二向ツテ之ヲ施サネバナラヌ。世人は時勢を過当二崇拝シ、理非ヲ弁セズ、之二屈服しがちである。時勢トカ世論トカ真相ヲ暴露することが救済方法の1つである。

 ④ では時勢とはなにか。メインやブライスによれば、それは一時ノ人心ノ傾向であり、この傾向は流行ということになる。そして多数ノ意見ガ流行スルノデハナク多数ガ流行二襲われるのである。人間は文明化するほど流行ノ奴隷トナル者デアル

 ⑤ ドイツでは君主ノ地位ト近時ノ民主思想トヲ調和させるために、君主主義と民主主義両様ノ潮流ガアツテ戦っているのでこれを調和させるために、国家法人説、君主機関説がある。国家法人説は、日本においてもこのような対立があるから持ちされたというのではなく、外国二学説ノ手本ガアルカラ、早手回ハシ之二倣フテ我ガ国体ヲ説明してみた、というものにすぎないのであろう。日本ノ国体ハ久シキノ歴史二顧ミテモ大権ノ明文二照シテモ、純白ナル君位主権デアツテ、国民中ニモ之ヲ疑フ者ハイナイのであるから、君主機関説など持ち出す必要がない。 

 長尾龍一編『穂積八束集』(2001年、信山社)224−231頁。


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