2023年9月9日土曜日

【憲法学】芦部信喜「宮沢憲法学の特質」

  「一 序−若き日の問題意識」

 宮沢は、法の科学者、法の哲学者、法の解釈者という「三者を兼ね備え、それぞれにおいて最高水準をゆく業績」をあげた「きわめて稀な憲法学者であった」。

 「二 科学的憲法学−基本的特質(1)−」

 「1 理論的態度と実践的態度の区別」

 「日本の憲法学が真の科学としての憲法学になったのは、宮沢憲法学をもって嚆矢とする」と言っても過言ではない。宮沢は、天皇機関説や時代を踏まえ、学説を「実践的意欲の作用である法の解釈」と「理論的認識の作用である法の科学」とに区分し、後者の「『公定』は学問研究の自由を奪う」旨論じ、両者を厳しく分類したうえ、「対象の政治性と方法の政治性を峻別すること」を主張した。宮沢は、上の二つの区分が「実際にはきわめてむずかしいことを十分に意識」しながらも、この区分が「人間の『人格』において統一される」、区分の「止揚によって両者の綜合が実現される」とした。 

 宮沢からすると明治憲法下での学説は、この区別ができておらず、「憲法の客観的な認識よりも政治的判断」を重視し、「『科学』の仮面の下に種々の政治的主張ををなした「神学的・形而上学的」憲法学であったということになる。穂積、上杉の時代と、美濃部、佐々木の時代どちらも「科学と実践との区別という点では両者の間に質的な相違はなく、程度の差」があるにすぎなかった。

 「2 科学と実践の関係」

 以上のような宮沢の憲法学に対しては、「科学と実践とを峻別すること自体」への疑問が向けられた。これについて宮沢は、「戦前においては、両者の混沌を強く排斥」したが、科学と実践を「架橋すべからざる対立関係にある」とは考えず、先にあるように「綜合」の関係にあると考えた。宮沢は、法の解釈には、「現行法学・法史学・比較法学などの法の科学」が必要とされ、解釈者は「法の科学の追求を決して怠ってはならない」し、法の科学者は、法は最終的には具体的に適用されるものであるから、「法の解釈をも研究しなければならない」、と主張した。「宮沢憲法学における解釈論を、事実と解釈を架橋しない完全な二元論と評するのは正しくない」。

 芦部信喜「宮沢憲法学の特質」、同『憲法制定権力』(1983年、東大出版会)169−181頁。

【文学】ソロー『森の生活下』

   生活保護を受けるのは「沽券にかかわること」と思っている人がいる。一方、「不正な手段で暮らすことは別に沽券にかかわらない」かのような暮らしをする人もいる。後者のほうが、「よほど 不名誉 なはず」である。  貧しさと関連して、われわれは、新しいもののために「あまりあくせくするべ...